グランドスラム決勝での連敗(4):ビーナス・ウィリアムズ

グランドスラム

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史上最強ウィリアムズ姉妹


ビーナス・ウィリアムズのキャリアを、妹のセレナ・ウィリアムズと分けて語ることは不可能だろう。

グランドスラム決勝戦の舞台に先に登場したのは、1歳年上の姉であるビーナスだった。17歳で迎えた1997年全米オープン決勝戦での最初の挑戦は、同い年で当時絶好調のヒンギスに敗れて準優勝に終わる。

そして、妹のセレナが2年後の1999年の全米でヒンギスを破って先に初タイトルを獲得する。しかし、すぐにビーナスも妹の後に続いた。2000年のウィンブルドンでダベンポートを破ってグランドスラムの初優勝を飾ると、全米でも、同じくダベンポートを破り、すぐに2冠目を獲得する。


そして翌2001年にもビーナスは、ウィンブルドンでエナン、全米では妹のセレナを下し、グランドスラムの決勝における4連勝を達成する。しかも、2年連続での2冠制覇である。ランキングでも翌2002年の2月にNo.1に登りつめた。ウィリアムズ時代の幕開けである。

ただ、ビーナスは2月にNo.1になったものの、1月の全豪オープンを制したカプリアティとのポイント差はわずかだった。3月にはカプリアティがNo.1に返り咲き、4月にはまたビーナスが1位の座を取り返すというように交互にNo.1の座を争っていた。

そして迎えた全仏オープンでナンバー2シードに入ったビーナスは、ローランギャロスで初めての決勝戦に進出する。そこで対戦相手として勝ち上がって来たのが、準決勝でナンバー1シードのカプリアティを下した、妹のセレナだった。この全仏でビーナスは1セットも失うことなく勝ち上がって来ていたが、決勝ではストレートでセレナに敗北する。

続くウィンブルドンでは、全仏で準優勝のポイントを稼いだビーナスがナンバー1シードに入った。ビーナスは順調に勝ち上がり決勝まで進出するが、決勝戦の相手はまたしてもセレナだった。ここでもビーナスは妹に敗れて2大会連続の準優勝に終わり、グランドスラム連続優勝を飾ったセレナがランキングでもナンバー1となる。

ウィンブルドンの後、ビーナスはアメリカで3大会に出場して3連続で優勝を飾る。その好調を保ったまま全米オープンに入ったビーナスは、グランドスラム3大会連続で決勝に進出する。しかし、決勝戦の相手として勝ち上がって来たのは、三たびセレナだった。

ビーナスと異なり、ウィンブルドン後に一度しか大会に出場せず、その大会でもベスト8に終わっていたセレナだったが、全米オープンに入ると勢いを取り戻して順調に勝ち上がった。しかも、初戦こそ6-2、6-3と普通のスコアだったが、2回戦からベスト4までの4試合でわずか9ゲーム、1試合あたり平均で2.25ゲームしか失わないという圧倒的な強さだった。そして準決勝のダベンポート戦、決勝のビーナス戦でも隙を見せず、盤石のスコアでグランドスラム4勝目をあげる。

ビーナスはこのシーズンの四大大会のうち、3つの大会で決勝に進出しながら、妹のセレナに3連敗して2002年シーズンを終えるという結果となった。

そして翌2003年シーズン、ウィリアムズ姉妹は二人とも全豪オープンをシーズン最初の試合とした。No.2シードのビーナスは、ベスト8でハンチェコバ、ベスト4でエナンを破り、1セットも落とすことなく決勝に進出する。

No.1シードのセレナは、初戦でいきなりタイブレークを含むフルセット勝利と危ない立ち上がりをしたが、3回戦からは全てシード付きの対戦相手に勝利し、準決勝のクライシュテルスもフルセットで振り切って決勝まで勝ち上がった。

ここに史上初となるグランドスラム4大会連続での姉妹対決が実現する。そして、フルセットとなった姉妹対決はセレナに軍配が上がった。セレナは年間でこそないものの、グランドスラム4大会連続優勝を達成し、ビーナスは4大会連続の準優勝に終わった。

しかも、姉妹二人の対決はこれで終わらなかった。

全豪が終わったあと、ビーナスは翌月のベルギーの大会で優勝をしたが、その後はランキング下位の選手にも負け、この年2回目のグランドスラムである全仏でもベスト16で敗れてしまう。しかし、ウィンブルドンでは本来の力を取り戻し、実に4年連続となるウィンブルドンの決勝戦に進出したのだ。

一方、歴史的な偉業を達成したセレナの方は、全仏の準決勝でベルギーのエナンに敗れてグランドスラムの連続優勝記録が途絶えてしまう。しかしウィンブルドンに入ると、セレナも復調し、ベスト16でデメンティエワ、ベスト8でカプリアティ、ベスト4でエナンと強豪選手を次々と破って決勝まで勝ち上がった。

なんと、全仏の1大会を挟んでこのウィンブルドンでも、再びウィリアムズ姉妹で争うグランドスラム決勝戦となったのだ。そして、またしても優勝カップは妹に渡ることとなった。

グランドスラム決勝戦の対戦相手がお互いに続けて同じ相手になるというのは、それが2連続であれば特別に珍しいというほどではない。しかし、3連続となるとなかなか起こらない。そして4連続以上となると、オープン化以降では男女を通じて、このウィリアムズ姉妹の対決の他にナダルとジョコビッチが2011年のウィンブルドンから2012年の全仏まで争った1例があるのみである。

また、偉大なチャンピオンが1人いる場合、挑戦者側から見れば、決勝にたどり着くといつも同じチャンピオンが待っているということは起こりうる。たとえばナダルは2006年から2009年までの4年間で7回グランドスラムの決勝に進出したが、その時の対戦相手は全てフェデラーだった。しかし、フェデラーは同じ期間で15回ものグランドスラムの決勝を戦っており、フェデラー側から見ると、ナダルとは最高でも2連続でしかグランドスラムの決勝戦の対戦相手となっていなかった。

ビーナスとセレナの姉妹対決は、2人が同じ時期に選手としてのピークを迎えたことと、どちらかが決勝まで勝ちあがれない時に、もう1人も決勝前に負けてしまうという偶然が2度重なったことで、2001年の全米から2003年のウィンブルドンまで6大会で優勝を姉妹で争うという驚異的なものとなった。しかも、6回の対戦の最初の1回をビーナスが取った後、5回連続で妹のセレナが勝つという一方的な結果に終わっている。

この熾烈な対戦の後、身内の不幸も重なったこともあり、ウィリアムズ姉妹はウィンブルドン以降の残りのツアーを全休することになる。復帰した翌年以降もかつてほどの勢いはなく、ウィリアムズ姉妹はランキングを落とし、ツアーでの存在感も低下する。ビーナスの5連敗を境にウィリアムズ姉妹の時代は幕を下ろし、エナン、クライシュテルスのベルギー勢を筆頭にシャラポワ、モレスモーがグランドスラムの優勝を争うようになり、女子ツアーは混戦模様となっていった。

しかし、姉妹のキャリアが終わりを迎えたわけではなかった。

妹のセレナは、2005年全豪で再びグランドスラムタイトルを獲得すると、その後もタイトルを積み重ね、混戦の女子ツアーの中を抜け出し、ウィリアムズ姉妹ではなくセレナ・ウィリアムズとして、再び時代を支配する選手となる。2017年の全豪までで通算23回ものグランドスラム優勝を成し遂げ、史上最強の女子テニス選手と言われるまでの存在になった。

そして、姉のビーナスの方も、2005年のウィンブルドンでダベンポートを破り、4年振りにグランドスラムのタイトルを獲得する。2007年にはバルトリ、2008年ではついにセレナを破って2回目のウィンブルドンでの連覇も達成する。3年連続で進出した2009年のウィンブルドン決勝でも再びセレナとの対決となったが今度は敗北する。その後は病気などもあってランキングは一時低迷するが、2017年の全豪で実に8年振りとなるグランドスラムの決勝に進出、しかも決勝の相手は、またもやセレナだった。この久しぶりの姉妹対決に敗れたビーナスは、さらにウィンブルドンでも決勝に進出するが、ムグルッサに敗れて準優勝に終わっている。

ビーナスはグランドスラムの決勝に16度進出して7勝9敗、その9敗のうち実に7敗をセレナに喫している。

しかし、ウィリアムズ姉妹の場合、もしもセレナがいなかったら、ということは想像することが難しい。ウィリアムズ姉妹本人たちが言葉にしているように、お互いに高め合ってきたからこそ、今の立場があるのだろう。悲劇的とすら思える妹セレナへのグランドスラム決勝戦での5連敗も、結局ビーナスからテニスへの情熱を奪うことはなかったのだ。1990年代の終わりにツアーに登場して来たウィリアムズ姉妹が、20年たってもまだツアーの中心で戦っているということには、ただただ敬意を表するしかない。

■ビーナス・ウィリアムズ グランドスラム決勝戦の勝敗

大会勝敗対戦相手
1997全米負けマルチナ・ヒンギス
2000ウィンブルドン勝ちリンゼイ・ダベンポート
2000全米勝ちリンゼイ・ダベンポート
2001ウィンブルドン勝ちジュスティーヌ・エナン
2001全米勝ちセレナ・ウィリアムズ
2002全仏負けセレナ・ウィリアムズ
2002ウィンブルドン負けセレナ・ウィリアムズ
2002全米負けセレナ・ウィリアムズ
2003全豪負けセレナ・ウィリアムズ
2003ウィンブルドン負けセレナ・ウィリアムズ
2005ウィンブルドン勝ちリンゼイ・ダベンポート
2007ウィンブルドン勝ちマリオン・バルトリ
2008ウィンブルドン勝ちセレナ・ウィリアムズ
2009ウィンブルドン負けセレナ・ウィリアムズ
2017全豪負けセレナ・ウィリアムズ
2017ウィンブルドン負けガルビネ・ムグルッサ

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