プロテニス選手にとっての最終目標
多くのプロテニス選手にとって、キャリアの目標となるのは少しでも世界ランクを上げること、そして大きな大会で活躍することだろう。
では、その目標のゴールともいえる、ランキングを登りつめて世界ランク1位となること、そしてテニスのトーナメントにおいて最高の格式を持つグランドスラムで優勝カップを掲げること、その2つの偉業を比べた場合、どちらが達成するのにより困難な目標なのだろうか。
どちらも、極めつきの才能に恵まれ、さらに数少ないチャンスを掴んだテニスエリートによってしか挑むことすらも許されないということは間違いないが、結論から言えば、世界ランク1位になる方が、より難しいと言えるだろう。
男子の場合、現在のランキング制度が始まった1973年8月から現在まででシングルスの世界ランク1位に到達した選手は26人なのに対し、同じ期間においてグランドスラムのトロフィーを掲げた選手は49人いる。そして女子の場合、現在のランキング制度は1975年11月に始まっているが、世界ランク1位に到達した選手が25人なのに対し、グランドスラムの優勝者は43人となっている。
グランドスラムの優勝者の方が世界ランク1位の人数よりも多い分、それを達成する確率は単純に高いということになる。
そして多くの場合、世界ランク1位になった選手はグランドスラムのタイトルも獲得しているのだ。
男子の世界NO.1プレーヤー
男子で世界ランク1位となった26人のうちでグランドスラムのタイトルを1つも獲得していないのは、チリのマルセロ・リオスしかいない。グランドスラムのタイトル獲得が1つに留まった選手もオーストリアのムスター、スペインのモヤとフェレーロ、そしてアメリカのロディックの4人だけで、他の21人のNo.1プレーヤーは複数のグランドスラムタイトルを獲得している。
■ATPランキング1位の選手と獲得したグランドスラムタイトル
NO.1 | 全豪 | 全仏 | 全英 | 全米 | |
---|---|---|---|---|---|
ナスターゼ | 1973年8月 | - | 1973 | - | 1972 |
ニューカム | 1974年6月 | 1973,75 | - | 1967,70,71 | 1967,73 |
コナーズ | 1974年7月 | 1974 | - | 1974,82 | 1974,76,78,82, 83 |
ボルグ | 1977年8月 | - | 1974,75,78,79, 80,81 | 1976,77,78,79, 80 | - |
マッケンロー | 1980年3月 | - | - | 1981,83,84 | 1979,80,81,84 |
レンドル | 1983年2月 | 1989,90 | 1984,86,87 | - | 1985,86,87 |
ビランデル | 1988年9月 | 1983,84,88 | 1982,85,88 | - | 1988 |
エドバーグ | 1990年8月 | 1985,87 | - | 1988,90 | 1991,92 |
ベッカー | 1991年1月 | 1991,96 | - | 1985,86,89 | 1989 |
クーリエ | 1992年2月 | 1992,93 | 1991,92 | - | - |
サンプラス | 1993年4月 | 1994,97 | - | 1993,94,95,97, 98,99,00 | 1990,93,95,96, 02 |
アガシ | 1995年4月 | 1995,00,01,03 | 1999 | 1992 | 1994,99 |
ムスター | 1996年2月 | - | 1995 | - | - |
リオス | 1998年3月 | - | - | - | - |
モヤ | 1999年3月 | - | 1998 | - | - |
カフェルニコフ | 1999年5月 | 1999 | 1996 | - | - |
ラフター | 1999年7月 | - | - | - | 1997,98 |
サフィン | 2000年11月 | 2005 | - | - | 2000 |
クエルテン | 2000年12月 | - | 1997,00,01 | - | - |
ヒューイット | 2001年11月 | - | - | 2002 | 2001 |
フェレーロ | 2003年9月 | - | 2003 | - | - |
ロディック | 2003年11月 | - | - | - | 2003 |
フェデラー | 2004年2月 | 2004,06,07,10, 17 | 2009 | 2003,04,05,06, 07,09,12,17 | 2004,05,06,07, 08 |
ナダル | 2008年8月 | 2009 | 2005,06,07,08, 10,11,12,13, 14,17 | 2008,10 | 2010,13,17 |
ジョコビッチ | 2011年7月 | 2008,11,12,13, 15,16 | 2016 | 2011,14,15 | 2011,15 |
マレー | 2016年11月 | - | - | 2013,16 | 2012 |
女子の世界NO.1プレーヤー
女子の場合、世界ランク1位の25人のうち、グランドスラムの優勝経験者は20人で、セルビアのヤンコビッチ、ロシアのサフィーナ、デンマークのウォズニアッキ、チェコのプリスコバ、そして現在のNo.1であるルーマニアのハレプの5人がグランドスラムではトロフィーを掲げていない。しかし女子のNO.1プレーヤーでグランドスラムのタイトル獲得数が1つに留まっているのはセルビアのイヴァノビッチ1人だけで、イヴァノビッチとグランドスラムでの優勝経験の無い5人を合わせた6人以外の19人のNO.1プレーヤーは複数のグランドスラムタイトルを獲得している。
■WTAランキング1位の選手と獲得したグランドスラムタイトル
NO.1 | 全豪 | 全仏 | 全英 | 全米 | |
---|---|---|---|---|---|
エバート | 1975年11月 | 1982,84 | 1974,75,79,80, 83,85,86 | 1974,76,81 | 1975,76,77,78, 80,82 |
グーラゴング | 1976年4月 | 1974,75,76, 77(12月) | 1971 | 1971,80 | - |
ナブラチロワ | 1978年7月 | 1981,83,85 | 1982,84 | 1978,79,82,83, 84,85,86,87, 90 | 1983,84,86,87 |
オースティン | 1980年4月 | - | - | - | 1979,81 |
グラフ | 1987年8月 | 1988,89,90,94 | 1987,88,93,95, 96,99 | 1988,89,91,92, 93,95,96 | 1988,89,93,95, 96 |
セレス | 1991年5月 | 1991,92,93,96 | 1990,91,92 | - | 1991,92 |
サンチェス | 1995年2月 | - | 1989,94,98 | - | 1994 |
ヒンギス | 1997年3月 | 1997,98,99 | - | 1997 | 1997 |
ダベンポート | 1998年10月 | 2000 | - | 1999 | 1998 |
カプリアティ | 2001年10月 | 2001,02 | 2001 | - | - |
ビーナス | 2002年2月 | - | - | 2000,01,05,07, 08 | 2000,01 |
セレナ | 2002年7月 | 2003,05,07,09, 10,15,17 | 2002,13,15 | 2002,03,09,10, 12,15,16 | 1999,02,08,12, 13,14 |
クライシュテルス | 2003年8月 | 2011 | - | - | 2005,09,10 |
エナン | 2003年10月 | 2004 | 2003,05,06,07 | - | 2003,07 |
モレスモー | 2004年9月 | 2006 | - | 2006 | - |
シャラポワ | 2005年8月 | 2008 | 2012,14 | 2004 | 2006 |
イヴァノビッチ | 2008年7月 | - | 2008 | - | - |
ヤンコビッチ | 2008年8月 | - | - | - | - |
サフィーナ | 2009年4月 | - | - | - | - |
ウォズニアッキ | 2010年10月 | - | - | - | - |
アザレンカ | 2012年1月 | 2012,13 | - | - | - |
ケルバー | 2016年9月 | 2016 | - | - | 2016 |
プリスコバ | 2017年7月 | - | - | - | - |
ムグルッサ | 2017年9月 | - | 2016 | 2017 | - |
ハレプ | 2017年10月 | - | - | - | - |
揺らぐNO.1プレーヤーの支配力
これまでの実績を見るかぎり、世界ランク1位になることが出来れば、男子で80%以上、女子でも75%以上の確率で複数のグランドスラムタイトルを獲得することが出来る。NO.1プレーヤーにとってはグランドスラムのタイトルそれ自体は、輝かしいキャリアの途中にあるハイライトの1つに過ぎないという場合さえあるのだ。そしてその逆に、たとえグランドスラムで優勝しても、世界ランク1位になれる確率は男子で55%弱、女子でも60%弱となっている。
NO.1プレーヤーになることと、グランドスラムのタイトルを獲得することには、多くの場合密接な関係があるが、どちらかと言えばNO.1プレーヤーになる方が難しいのだ。
しかし近年の実績に注目して見ると、たとえ世界ランク1位となっても、グランドスラムのタイトルを獲得出来ないというパターンが増えて来ているのが分かる。特に最近の10人のNO.1プレーヤーのうち、グランドスラムのタイトルを持っているのは丁度半分の5人しかいないという女子の場合は明らかにその傾向といえるだろう。
そして、フェデラー、ナダル、ジョコビッチ、マレーのいわゆるビッグ4がツアーに長らく君臨し続けている男子の場合も、そのビッグ4を除いてしまうと女子と同じ傾向が見られる。
初代NO.1プレーヤーであるルーマニアのナスターゼから1995年4月にNO.1となったアメリカのアガシまでの12人のNO.1プレーヤーと、アガシの次に13人目のNO.1プレーヤーとなったムスターからフェデラーの1つ前に22人目のNO.1プレーヤーとなったロディックまでの10人のNO.1プレーヤーのグランドスラム獲得数を比べてみると、ナスターゼからアガシまでの12人が平均で7個以上のグランドスラムタイトルを獲得しているのに対し、ムスターからロディックまでの10人は平均で1.5個のグランドスラムタイトルしか獲得していないのだ。
フェデラーの19個を筆頭に、4人で50個ものグランドスラムタイトルを獲得しているビッグ4を加えて計算すれば、アガシ以後となる14人のNO.1プレーヤーのグランドスラム獲得数は平均で4.6個となり、ランキング前半のプレーヤーの実績との差を大きく詰めることになる。しかし、フェデラー、ナダル、ジョコビッチと生涯グランドスラムの達成者が3人連続で続くというビッグ4の時代の方が、後から振り返ったときに稀に見る特別な時代だったという可能性もあり、ビッグ4が去った後にどのような選手がNO.1となってツアーをリードしていくのか、今のところははっきりしない。
そして、女子の場合はグランドスラムで優勝をしていない5人のうち、既に引退したサフィーナを除いた4人は現役のプレーヤーである。32歳のヤンコビッチに残されたチャンスはそれほど多くないかもしれないが、ウォズニアッキ、プリスコバ、ハレプには今後のグランドスラムタイトル獲得のチャンスは十分にあるだろう。彼女たちがこのまま無冠で終わるのか、それとも大きく成長してツアーを支配するような選手となるのか、こちらもまだはっきりしない。
現在のランキング制度が始まったころと比べると、現在のツアーが肉体的にも精神的にも、より過酷なものとなっていることはおそらく間違いないだろう。そして、当然そこで生き残っているライバル達もより手強くなっているはずで、NO.1プレーヤーとしてツアーに君臨することは昔よりも難しい時代となっているのかもしれない。しかし、テニス史に名を刻み込むような一時代を築けばもちろんのこと、たとえ大きな結果を残すことなくテニス界を去ることとなっても、いつの時代もNO.1プレーヤーが注目を集める存在であり続けるのは間違いないだろう。
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