厳しい日本の現実
今年の全日本選手権シングルスは、男子が今村昌倫、女子が石井さやかの優勝で幕を閉じた。
まずは国内で実力を証明して、それから世界に挑戦する。そのために全日本選手権のタイトルを獲りにいく、というのは、世界への飛躍を狙う日本のテニス選手が目指す流れの1つと言えるだろう。
ただ、世界の壁は低くない。
全日本選手権のタイトルを獲得した後、世界でも活躍したと言える選手はどれほどいるのだろうか。
世界で活躍したという基準をどこに置くのかは難しいところだが、誰もが認める世界的な活躍となると、やはりグランドスラムでの活躍であったり、世界ランキングで上位に入るということになるだろう。
そして現状、日本人選手がこの基準をクリアするのは大変厳しい。
日本人選手として初めてグランドスラムを制した大坂なおみ、日本の男子選手として異次元の実績を残している錦織圭、この両選手については、世界的な活躍をしているテニス選手として異論が出ないだろう。
ただ、彼らは2人とも若いうちから海外に拠点を置き、全日本選手権とは無縁のルートでステップアップを果たしてきた選手である。全日本選手権経由、世界行きを目指すときのお手本とするには少し縁遠い存在かもしれない。
では、他の選手は…と考えた時に、そもそも世界的に活躍したと言われる日本人のテニス選手自体がそれほど多くないという現実に直面することになってしまう。
テニスのプロ選手がグランドスラムに参戦するようになった1968年のオープン化以降から2024年までの56年の間、グランドスラムにおける活躍の目安と言えるベスト8に一度でも進出したことのある日本人選手は、男子では錦織、そして松岡修造のたった2人のみ、女子は大坂、浅越しのぶ、杉山愛、沢松奈生子、伊達公子、沢松和子の6人となっている。
世界ランキング(最高位) | ツアー優勝回数 | AO | RG | WB | US | 全日本優勝 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
錦織圭 | 4 | 12 | QF | QF | QF | F | 無し |
松岡修造 | 46 | 1 | 64 | 64 | QF | 64 | 無し |
世界ランキング(最高位) | ツアー優勝回数 | AO | RG | WB | US | 全日本優勝 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|
大坂なおみ | 1 | 7 | W | 32 | 32 | W | 無し |
浅越しのぶ | 21 | 0 | 64 | 16 | 16 | QF | 1999年 |
杉山愛 | 8 | 6 | QF | 16 | QF | 16 | 1995,96年 |
沢松奈生子 | 14 | 4 | QF | 16 | 16 | 32 | 1988年 |
伊達公子 | 4 | 8 | SF | SF | SF | QF | 1991,92,2008年 |
沢松 和子 | 16 | 0 | SF | QF | 32 | QF | 1967,68,69,70,72年 |
男子と女子の差
グランドスラムのベスト8に進出した日本人選手の人数自体があまり多くないというところにそもそもの大きな課題があるのだが、女子の場合、ベスト8まで進出した6選手のうち、大坂以外の5人は全員が全日本選手権でも優勝している。その中で沢松和子だけは全日本選手権がプロ選手も参加できるようになった1979年以前の優勝者なので、沢松和子を除外するとしても、1979年以降に誕生した全日本選手権の女子シングルス優勝者34名のうち、4名がグランドスラムのベスト8まで到達していることになる。
決して高確率とは言えないものの、女子については全日本選手権優勝を経由して、世界に羽ばたける可能性を感じさせる数字になっている。
しかし、男子については大変厳しいと言わざるを得ない。
というか、錦織が登場するまでは当時の日本のテニス界で異次元の存在だった松岡修造も、早くから海外を主戦場としていて、全日本選手権とは無縁のため、そもそも全日本選手権の男子シングルス優勝経験者で、これまでグランドスラムのベスト8に到達した選手自体が存在しないのだ。
世界レベルで最も活躍した全日本選手権の優勝者となると、ATPツアーで1度の優勝、そして世界ランキングも松岡修造を超える36位にまで到達した杉田祐一ということになるのではないだろうか。ただ、杉田はグランドスラムでは最高が2回戦進出までとなっており、グランドスラムでの活躍を重視すると、もう少し時代をさかのぼり、いずれもグランドスラムで3回戦進出を果たしている坂井利郎、神和住 純、九鬼 潤あたりが候補となるのかもしれない。
杉田はもちろん、坂井、神和住、九鬼の4人全員が、日本のテニス界では間違いなくレジェンドなのだが、単純に「世界で活躍したか」ということになると、評価する人がテニスにどれだけ詳しいかどうかで結論がだいぶ分かれてしまうかもしれない。
もう1人、全日本選手権で優勝こそしていないものの、2013年の全日本選手権の準優勝者である西岡良仁は、日本男子選手の現エースであり、ツアー優勝3回、グランドスラムの2大会で最高ベスト16進出という高い実績を残している。日本人の男子選手としては、錦織に次ぐ異次元レベルの選手と言えるだろう。なので、全日本選手権(準優勝)経由、世界行きを果たした選手として、ぜひとも西岡を含めたいところだが、西岡も若くして海外に拠点を置いており、全日本選手権の準優勝を切っ掛けに世界に出て行ったというより、もっと以前から海外志向があった選手と言えるだろう。
もちろん、これまでの、男子シングルスの優勝者が国内志向だったということはない。特に最近の優勝者は、ほとんどがITF、チャレンジャーなどATPの下部ツアーを回っていて、現在、現役選手として活動している全日本選手権、男子シングルスの優勝経験者の中でATPランキングに入っていない選手は1人もいない。
世界で戦ってはいるにも関わらず、なかなかランキングを上げることが出来ないのだ。それだけ世界レベルでの競争は激しいということなのだろう。
世界との距離
ただ、松岡修造が世界ランキングでキャリアハイとなる46位にランクインしたのが1992年、錦織圭がはじめてランキングでトップ100に入ったのが2008年、その間16年である。しかし、その後、全日本選手権優勝者である添田豪がトップ100に入ったのは3年後の2011年、さらに翌年には同じく全日本選手権の優勝者である伊藤竜馬がトップ100に入り、さらにはダニエル太郎、杉田祐一、西岡良仁、内山靖崇、綿貫陽介と、2008年から16年後となる2024年までには8人もの選手がトップ100入りを果たしている。そして、内山、綿貫も全日本選手権を制している。
日本国内と世界との距離は近いとはいまだ言えないものの、わずかずつ縮まっていると言えるかもしれない。
しかし、トップ100入りを果たした綿貫陽介が全日本選手権を制したのは2016年。その後の優勝者である高橋悠介、野口莉央、中川直樹、清水悠太、今井慎太郎、徳田廉大らは、いまだ世界ランキング200位の壁を破れていない。世界に近づく日本の足取りは決して確定しているものではないのだ。
現在、ATPランキング200位の壁を破っている日本人選手、島袋将、トゥロタージェームズなどは全日本選手権にこだわらず、海外の試合を中心とした活動をしている。2019年のウィンブルドンジュニアを制し、最高ランキング129位まで到達している望月慎太郎も同様に海外主体の活動となっている。
そして、これは女子も同様の状況と言える。
1999年の浅越しのぶ以降、2008年に3度目の優勝を果たした伊達公子を除くと、全日本選手権の女子シングルス優勝者でグランドスラムのベスト8までたどり着いた選手は1人もいない。2010年に全日本選手権を優勝した土居美咲が2016年のウィンブルドンでベスト16に入ったのがグランドスラムにおける全日本選手権優勝経験者の最高成績となっている。
そして、土居以降に全日本選手権を優勝を果たした現役の日本人女子選手の世界ランキング最高記録を見ると、2019年優勝の本玉真唯の105位が最高で、トップ100位に入った選手がいない。
現在、WTAランキング56位で日本人女子選手でトップとなっている内島萌夏は、2018年の全日本選手権でベスト8に入っているが、その後は全日本選手権にこだわらず、国際大会を優先して活動をしている。
テニスが日本国内よりもヨーロッパ、アメリカで盛んなスポーツである以上、早くから海外で活躍出来るということが、テニスの世界で活躍していくことの出来る指標となるのは、ある意味当然と言える。
世界で活躍するための近道は、チャンスがあれば、全日本選手権を飛ばしてでも、早く世界に出ること。
現時点では、これが正解なのかもしれない。
残念ながら、全日本選手権経由、世界行きの切符などありはしない。シンプルなただの「世界行き」の切符があって、それを掴もうと世界中から手が伸びて来ている状況なのだろう。
ただ、全日本チャンピオンに世界レベルの大きなトロフィーも掲げて欲しいと願うことは日本のファンの自由だろう。全日本チャンピオンが普通にグランドスラムの上位進出を争うようになった時、日本国内のテニスの人気やレベルも世界レベルに相当近づいているに違いない。
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